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和歌山地方裁判所 昭和35年(ヨ)9号 判決 1960年9月28日

東京都中央区銀座七丁目六番地

債権者

東京興材株式会社

右代表者代表取締役

加納一雄

右訴訟代理人弁護士

松山虎蔵

(東京都台東区仲御徒町二丁目一二番地)

田中義之助

湯浅実

和歌山県日高郡由良町大字大引五番地

債務者

和歌山石灰鉱業株式会社

右代表者代表取締役

小倉俊徳

右訴訟代理人弁護士

中村健太郎

右当事者間の昭和三五年(ヨ)第九号動産仮処分事件について当裁判所は昭和三五年八月三一日に終結した口頭弁論に基いて左の通り判決する。

主文

本件仮処分命令申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

債権者の訴訟代理人は「債務者の別紙目録記載の物件に対する占有を解き、債権者の委任する和歌山地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。執行吏は債権者の申出により右物件の現状を変更しないことを条件として債権者の指定する工員の代表者にその使用を許すことができる。債務者は右物件を他に譲渡質入その他の処分をしてはならない。右物件の占有を移転し又は占有名義を変更してはならない。執行吏は右命令の趣旨を適当の方法で公示しなくてはならない。」との仮処分命令を求め、その申請の原因として

第一  被保全権利の存在

一、当事者の営業

債権者は機械設備の設計並びにその据付の請負を営業目的とする会社であり、債務者は石灰石その他鉱物の採掘加工販売を目的として設立された会社であつて、日高郡由良町所在の石灰石鉱山の採掘権を有するものである。

二、当事者間の契約

昭和三三年六月二五日債権者と債務者間に左記内容を主要な部分とする契約が締結された。

(1)  債権者は前記石灰石鉱山の採掘砕石並びに船積作業を債務者より請負い、且つ前記作業に要する機械設備を設置し、債務者は右機械設備に対する代金として成品鉱石一屯について金一五〇円を債権者に支払い、右代金完済の際に債権者より前記機械設備の所有権を債務者に移転すること。

(2)  債務者は債権者に対して前記採掘砕石並びに船積作業の請負代金として、成品鉱石一屯の積出に対し金二〇〇円、砂末(篩下小砕石)一屯の積出に対し金一七五円を支払うこと。但し機械設備が完全に操業できるまでの間は債務者が債権者に支払う一屯に付き金三五〇円の金額はすべて作業代金とし、機械設備代金には充当しないこと。

三、本件動産の所有権

(1)  債権者が本件鉱山に設置した機械等諸施設

債権者は、右契約の約旨に従い、鉱石の採掘砕石並びに船積の作業を高能率且つ低コストにするために、左記の機械設備を設置し改良工事を行い、その機械設備の代金及び工事費は合計金二、三〇〇万円以上に達した。

((イ)ないし(ル)省略)

(2)  本件の各物件

別紙目録記載の各物件は債権者が前項の設備の一環として左記の各価格をもつて購入し本件鉱山に設置しないものであつて、債権者の所有に属する。

((一)ないし(八)省略)

以上八項目合計金二、三八〇、四二〇円

(3)  債務者の代金未払

前述の債権者と債務者間の契約によれば、債権者が採掘等の作業のために設置した機械設備は債務者から債権者にその代金及び工事費の完済あるまでは債権者の所有に属するところ、債務者は債権者に対して債権者の支出した機械代金及び工事費の合計金二、三〇〇万円のうちその一部を支払つたに止りその大部分が未払の状態にあるので、右機械設備は債権者に属する。別紙目録記載の各物件は右機械設備の一部として現在債権者の所有に属するものである。

四、債務者の不法な所有権侵害行為

債権者は前述のように本件の鉱山に機械設備を施して後、債務者との間の請負契約に基いて昭和三二年七月頃から右機械設備を使用して鉱石の採掘砕石船積等の作業に従事していたところ債務者は前記の契約に定めた採掘等作業の請負代金及び機械設備の代金の支払を遅滞し、遂にはその支払を拒絶したために、債権者は機械設備の買掛代金及び作業員の給料その他採掘等の作業継続に要する諸経費支払困難となり、作業継続が不可能となつたので昭和三四年一一月一日契約を解除して作業現場に本件諸物件を含む債権者所有の機械設備を残して現地を引揚げた然るに債務者は債権者所有の右機械設備を占有使用することのできる何等の権限もないに拘らず、即時に右機械設備を不法に占有使用して鉱石の採掘採石船積等の作業を為している。

五、本件仮処分の基本たる原因

債権者の所有権に対する債務者の不法侵害は以上のように本件鉱山の機械施設全般に対して行われているのであるが、債権者は仮処分の費用、その難易等を考慮して、右不法侵害のあつた機械施設のうち、別紙目録記載の諸物件について、その所有権に基いて債務者の不法侵害を排除するため本仮処分の申請に及んだのである。

六、予備的申請原因(契約解除)

仮りに前記債務者間の契約により、債権者の本件鉱山に施した機械設備が債務者の所有に帰するか、又は債務者が右機械設備を自ら占有使用することのできる何等かの権限を取得したとするも、債権者は左の通り債務者に対して右契約を解除したので、その効果として右機械設備についての所有権その他の権利は原状回復され、機械設備の所有権は債権者に復帰し債務者の権限は総て消滅したので、債務者は本件各物件を含む機械設備を占有使用することにより債権者の所有権を不法に侵害しているものである。

即ち、前記契約によれば、機械設備の代金の分割払(成品の船積一屯に付き金一五〇円)及び採掘等請負作業代金(同一屯に付き金二〇〇円又は金一七五円)の支払期限は、毎月二〇日締切、翌月五日現金払の約定であつたところ、債務者は支払はすべて満期を数ケ月後に指定した約束手形で支払い、且右手形は債務者の信用がないために割引等の便宜を受け難いものであつたので、実質においては右各支払はすべて契約の約旨に反する期限を遅滞するものであつたばかりでなく、遂には右約束手形をもつてする支払さえこれを拒絶するに至つた。かくて、債務者の債権者に対する機械設備代金及び請負代金の支払の遅滞は、合計金三、〇四七、〇五〇円に達し、債権者は屡々その支払方を債務者に催告したがその支払がなかつたので、昭和三四年一一月一日債務者に対して前記の契約を解除する意思表示をした。

右解除により本件鉱山の機械設備に付いての債務者の権利は総て消滅した。

第二  保全の必要性

一、債務者の経済状態

債務者は公称資本金二、〇〇〇万円の会社であるが、その積極的財産としては前記石灰石採掘権の外見るべきものなく、その鉱山に設置した採掘砕石、船積作業用の機械設備は悉く債権者の設置したもので債権者の所有に属する。即ち債権者が右鉱山に機械設備を設置する以前においては設備と名付けることのできるものはコンプレッサー及びトロッコのみで、右設備の使用以外はすべて採掘砕石船積の全作業は人力に頼つていたから従来から残存施設はない。

これに対して債務者の負担は、昭和三三年九月中小企業金融公庫大阪支店から金二、五〇〇万円を利息年九分九厘、半年間据置後元利金月賦弁済の約定で借受け、既に元利金の月賦弁済の期限が到来しているにかかわらず、一年以上元金の支払は勿論利息の支払さえ遅滞している。その外にも債務者は他から多大な借入金を負担しているばかりでなく、前述のように債権者が本件鉱山に設置した債権者所有の機械設備を不法占有して債権者に対して多額の不法行為による損害賠償債務を負担している従つて債務者の負債はその資産を超過しているものと思われる。

二、債務者企業経営方針は背信的である。

債務者は当初石灰石山の採掘砕石船積作業を為すについてコンプレッサー及びトロッコの設備を利用する外すべて人力による作業をしていたところ、昭和三二年九月頃申請外株式会社丸泰組が債務者との間に鉱石の採掘砕石船積に要する機械の設置並びに右機械を用いてする前記諸作業の請負に関する契約を結び右申請外会社は右契約の約旨に従つて約八六八万円の資金を投下して機械設備を本件鉱山に設置し、これを用いて前記諸作業に従事したが、債務者は作業代金を支払わずそのために右申請外会社は工員等の給料その他の作業の経費の支払ができなくなり、作業を中止せざるを得ないことになつた。

債権者はその後を引継いで、前記の様に多額の資金を投下して機械設備の改良増設を為し、作業工程を能率化し、債務者が人力で作業していた当時は月産鉱石量一、〇〇〇屯乃至一、四〇〇屯平均一、二〇〇屯であつたのを月産量六、〇〇〇屯の量産を可能にし、その生産コストを低下させたのである。然るに債務者は債権者が右設備を完成するまでは、ひたすら債権者の設備技術を賞讃していたが、一度債権者が設備を完了して後は態度を一変し、作業工賃及び機械設備代金の分割払金の支払を長期の手形支払に切り替えその後増々支払を怠り、遂に債権者が作業を継続することを不可能にしたのである。

以上の例で明らかな通り、債務者は他人の資金で鉱山設備の一切を為させた上で、その後代金の支払を怠つて設備をした者を破滅させ、一切の設備を乗取ることを常習としているものである。

元来債務者は株式会社とは称するものの、株主総会の開催もなく、取締役として登記されている者は各地に散在しているので取締役会の開かれたこともなく、その代表取締役である小倉俊徳が専権を把握し、独裁している会社であるので、右代表取締役の前記のような背信的な経営方針に徴すれば、本件の鉱山採掘権を債権者の設置した機械設備共に他に売却譲渡する危険がある。現に同人は本件鉱山の採掘権をその設備共に他に売却し厖大な借入金を整理せる旨言明している。

三、債権者の本件各物件についての所有権喪失のおそれ

債務者が右に述べたように本件の鉱山採掘権と共に債権者の設置した鉱山施設を他に売却し、その占有の引渡を終るときは、債権者は右施設に対する所有権を喪失するおそれがある。

殊に本件仮処分の目的物件はいづれも比較的容易にその占有を移転できる動産物件であり、善意無過失の第三者に引渡されたときは、民法第一九二条の即時取得の適用を受け、債権者の所有権は失われる。

四、使用による価値の減少

本件各物件はいづれも使用によつて損耗の甚しい機械類であつて、債務者がその使用を継続するときは損耗によりその価値を著しく、減少するおそれがある。

五、債務者の損害賠償不能

前述のように債務者は負債がその積極財産を超過しているので右三及び四に述べたように債権者の所有権が侵害された場合には債権者に対して損害賠償を為す資力もないのであるから現在のように本件各物件を債務者の占有に委ねておくときは、債権者は右物件に対する所有権を喪失し、且つ右喪失による損害を回復すること不可能になるおそれがある。よつて右危険を防止のために債権者の申請の趣旨の通りの仮処分をする緊急の必要があるものである。

と述べ(疏明省略)

債務者の訴訟代理人は主文同旨の判決を求め

答弁として

債権者主張の事実中第一の一の事実は認める。同二の当事者間の契約中(一)売買目的物件である機械設備の所有権は売買代金の完済あるまで債権者に留保し、右完済の時に債務者に移転する旨及び(二)機械設備が完全に操作できるに至るまで一屯金三五〇円の割合による支払額は総て作業費に充当し、機械設備の代金に充当しない旨の特約のあつたことは否認するが債権者と債務者間に債権者主張の日右二点を除いて債権者主張の内容の契約が成立したことは認める。

同三の事実のうち(1)債権者が(ホ)の貯鉱槽を除く機械設備を設置したこと、(2)本件各物件が本件鉱山に設備されていることは認める右貯鉱槽は従前から設置されていた債務者所有の容量八〇〇屯の貯鉱槽を債権者が拡張したものである。債権者が本件各物件を買入れた買入先及び価格は不知。(3)債権者が本件鉱山に設置した本件各物件を含む機械設備が債権者の所有に属することは否認する前述のように債権者と債務者間の契約中には右機械設備の売買について売買代金の完済されるまで目的物件の所有権を売主たる債権者に留保し、右完済と同時に買主である債務者に移転させる旨の特約はなかつたから、特定物件売買の一般の原則に従つて、右機械設備はそれが本件鉱山に設置せられて特定とすると同時に買主である債務者の所有に帰し、債権者はこれと同時にその所有権を失つたものである。売買代金の未済は右所有権の帰属に影響はない。

同四の主張事実中、債務者が本件各物件を含む本件鉱山の機械設備を使用して鉱石の採掘砕石船積等の作業をしていることは認めるが、それが右機械設備についての債権者の所有権の侵害になることは否認する。前述の通り債務者は右機械設備が本件鉱山に設置せられると同時にその所有権を取得し且つその都度右設置が為された旨の通知を受けてその引渡を受けたのであるから、債務者の右機械設備の占有使用は債権者の権利に対する侵害にはならない。従つて債権者には五、のような本件仮処分を申請する基本たる所有権がないから債権者の本件申請は失当である。

同六の契約解除に関する債権者の主張は全部否認する。債務者は作業報酬並びに売買代金を契約所定の通り毎月五日に継続的に履行して来たのであつて、数回七日又は一〇日に支払つたことがあるに過ぎない。債務者が右支払のために振出して債権者に交付した約束手形は債権者が東京池袋所在の平和相互銀行池袋支店又は和歌山県湯浅町所在和歌山相互銀行湯浅支店において割引金融を受けていたのであつて、債権者主張のように割引の便宜を得られないものであつた事実はない。債務者はその満期日を数ケ月先にしたり手形の交付を拒絶したりしたことはない。却つて債務者は債権者を救済するために機械設備の代金支払についての分割弁済の期限の利益を放棄し、昭和三三年五月二一日クラッシャー代金の内金として金三〇〇万円を、又同日右クラッシャー用電動機三基(七五馬力一〇馬力五馬力)の代金として金五四万円を支払つたことがある位である。債務者が作業報酬及び売買代金を支払わなかつたので、債権者が請負作業を継続することが不可能になり、昭和三四年一一月一日債権者から債務者に対し本件請負契約並びに機械設備の売買契約の解除の意思表示があつたとの主張は全く事実に反する。昭和三四年七月頃予て債権者において振出して第三者に交付していた約束手形が支払拒絶を受けて不渡処分を受けた為めに、債権者の銀行取引が停止せられ会社経営が不可能になり、現場である債務者の鉱山における請負作業も資金不足により継続することができなくなつた。これが為めに債務者は取引先との間の石灰石売買契約の履行ができない事態に陥り会社の死活に関する問題となつたので、やむを得ず昭和三四年一〇月四日債務者の代表取締役から債権者の代表取締役に対して昭和三三年六月二五日の債権者の債務者間の契約のうち鉱石の採掘砕石船積等の作業の請負契約の部分のみを解除する旨の意思表示をしたものである。右契約のうち機械設備の売買契約に関する部分は双方とも解除したことなく、依然として現存する。従つて右機械設備の所有権が右解除による原状回復の結果債権者に復帰し、債務者の所有権が喪失した事実はない。債務者の右予備的の主張も理由がない。

第二の保全の必要性に関する債権者の主張事実のうち、債務者が資本金二、〇〇〇万円の株式会社で債権者主張の鉱山採掘権を有すること、債務者が中小企業金融公庫に対して借入金債務を有していることは認めるが、その余の主張事実は総て否認する。債務者は肩書地に本店を有する外東京及び大阪に支店を有し、一ケ月間の石灰石の採掘販売高は約三〇〇万円に及び、その販路としては多数の有力な製鉄事業会社、硝子製造会社、セメント製造会社等の顧客先を持つ健実有望な事業会社である。

債権者が債務者との鉱石の採掘等の請負契約による請負人の地位を失つたのは前述の通り債権者の経済的破滅による請負作業の続行不能によるもので債務者側の契約上の義務の不履行又は履行遅滞によるものでない。

前述の如く本件仮処分の被保全権利は存在しないから、この点において仮処分の必要性を論ずるまでもなく債権者の仮処分申請は不適法であるが、仮りに債権者に被保全権利があるとしても、債権者の申請するような断行処分的内容を有する仮処分はその必要性がない即ち債権者の主張する被保全権利は総て金銭的賠償によつて償い得るものであるに反して、本件申請の趣旨の仮処分のうち断行処分的な性質を有する部分が認容執行せられるときは、債務者の営業活動は全面的に妨害せられ、引いては債務者会社の存立及び債務者従業員の生活を脅かすのみならず、その顧客先である工業会社の営業にも支障を与える結果を招来するものであるから権利保全のための必要な限度を超過し、債務者その他に不当な損害を与えるものと云わねばならない。このような仮処分はその必要性を欠くものであつて許すべきでない。

と述べ、

抗弁として

一、所有権についての抗弁

仮りに債権者と債務者間の昭和三三年六月二五日の契約により、債務者が本件鉱山に設置した機械設備の所有権が債務者から代金完済せられるまで債権者に留保せられたとするもクラッシャー附属電動機三菱電機株式会社製七五馬力一基及びベルトコンベアー附属電動機のうち七、五馬力の一基は債務者が右契約とは別個に債権者から買受け、その代金を支払つて所有権を取得したものであるから、債権者の所有には属しない。即ち、債務者は債権者の設備したクラッシャー代金七五〇万円について昭和三三年五月二一日内金三〇〇万円を支払い、同日別に右クラッシャーに装置する電動機七五馬力一台、一〇馬力一台及び七、五馬力一台の三台に対する代金五四万円全額を支払つた右代金の完済は前記契約による請負代金の支払と同時にする分割払の方法によらず、代金を一時に完済したのであるから、債務者においてこれら電動機の所有権を取得したこと明らかである。そして本件仮処分の目的物中クラッシャー附属電動機七五馬力一台とベルトコンベアー附属電動機七、五馬力一台は右代金完済した電動機に該当する従つて債権者が右電動機二台について本件処分を求めているのは違法である。

二、権利乱用の抗弁

債務者は債務者の以上の主張が理由ない場合の仮定的な抗弁として債権者の本件仮処分申請は権利の濫用であると主張する。

既に述べた通り、債権者はその振出した約束手形が不渡処分を受けて銀行取引を停止された為めに経済的に破滅し、債務者の鉱山における鉱石採掘等の請負作業の継続が不可能になりその請負人たる地位を失つた。このために債権者の株主等は多大な損害を受けたがその大株主で且つ取締役会会長であつた申請外徳島佐太郎は債務者会社の株主で且つ取締役でもあつた関係から、債務者の鉱山の経済的価値の極めて大きく、その事業の有望なことを知悉していたので債務者の会社の経営権を乗取つて債権者会社の経済的破滅によつた損失を回復し、更に多額の利得をしようと企つるに至つた。右経営権乗取りの手段として徳島は債務者会社の株式の過半数をその手中に取めようと企て、他の株主等に働きかけたが、右野望を見破られてこれに失敗するや、債権者会社の代表取締役社長加納一雄を煽動して、被告会社の操業を妨害する各種の無謀な術策に訴えさせた。

かくて債権者の社長加納一雄は昭和三五年一月三〇日数名の氏名不明の者を債務者の本店にさし向け、債務者の採掘作業現場において、その従業員のすきを覗い債務者の所有に属し現に作業に使用中のショベルローダー(時価金三五〇万円相当)をトラック二台に積込んで逃走させ、昭和三五年三月二三日には当裁判所に「クラッシャーから貯蔵庫に至るコンベアベルト(九〇米)並びに貯蔵庫から積込桟橋に至るコンベアベルト(九〇米)」の現状変更禁止の仮処分(債務者の使用禁止を含む断行処分)を申請し、翌二四日その決定を得て翌二五日その執行を為して債務者の営業を妨害した為めに、債権者から同年四月一日仮処分取消の申立をして同月一三日取消の判決があつたけれども、債務者は右二〇数日間の操業不能の為めに、操業の滞渋信用の失墜等甚大な損害を蒙つた。

本件仮処分は申請外徳島佐太郎の意を受けた債権者社長加納一雄が、右申請外人の債務者会社経営権乗取りに便宜を供するために企てた債務者会社の業務を妨害する行為の一つであつて、仮処分の目的とするところは財産上の請求権の保全に名を藉りた債務者の操業妨害であるから、仮りに仮処分の被保全権利があるとするも権利の乱用として仮処分を許すべきでないと述べ、(疏明省略)

理由

一、当事者間に争のない事実

債権者が機械設備の設計並びにその据付の請負を営業目的とする会社であること。

債務者は石灰石その他の鉱物の採掘加工販売を目的とする会社で和歌山県日高郡由良町所在の石灰石鉱山の採掘権を有すること。昭和三三年六月二五日債権者と債務者の間に「債権者は右石灰石鉱山の採掘砕石並びに船積作業を債務者から請負い、右作業に要する機械設備を設置し、債務者は右機械設備の代金として成品鉱石一屯について金一五〇円を支払う、債務者は債権者に対して前記採掘砕石並びに船積作業の請負代金として成品鉱石一屯の積出に対し金二〇〇円宛砂末(篩下小砕石)一屯の積出に対し金一七五円宛を支払う」旨の契約が成立し、債権者が債務者の鉱山の作業現場に各種機械の設置、設備の建造を為し、債権者はこれら機械設備を使用して鉱石の採掘砕石船積の請負作業を開始したこと及び本件仮処分の目的物である各機械が債権者の設置した右作業用機械の一部であることは当事者の間に争がない。

二、本件仮処分目的物件の所有権の帰属

成立に争ない(中略)を綜合すれば昭和三三年六月二五日の債権者と債務者間の契約は債務者の石灰石鉱山の採掘砕石船積等の作業に必要な機械類の売買右機械の据付けその他前記作業に必要な設備の建造の請負並びに右機械設備等を使用してする鉱石の採掘、砕石船積等作業の請負を内容とする混合契約であるが、右据付けた機械、建造した設備の所有権の帰属については何等の約定もなかつたことを認めることができる。右認定に反する債権者本人訊問の結果中右契約の締結に際し債権者と債務者間に債務者から債権者に右機械の売買代金及びその据付け並びに設備建造の工事代金の支払が完了するまでこれら機械設備の所有権を債権者に留保する旨の口頭約定又は黙示の了解が成立した旨の供述は措信しない。そうすれば右契約においても、これら機械設備の所有権は売買及び請負の一般的原則に従つて売買目的物件の特定及び請負注文品の引渡によつて債権者から債務者に移転する趣旨であつて本件仮処分の目的物である機械も、据付を要しないものはその作業現場への搬入により、据付工事を要するものは据付けの完了によつて債務者の所有に帰したと認めるが相当である債権者本人訊問の結果によれば債権者は昭和三三年七月頃から前記契約による鉱石の採掘砕石船積等の請負作業を開始しその間同年六月下旬から同年一二月末頃までの間に右契約による機械設備の作業現場における設置を完成し、その都度直ちに自身でこれを作業に使用したことが認められるが、右事実は前認定のようにこれら機械がその作業現場への搬入又は据付の完了によつて一旦債務者の所有に帰した後、債権者が請負工事のためにこれを使用貸借により借受けたものと認むべきであつてこれら機械設備の債務者への引渡がなかつたものと認むべきものではない。

三、債権者の主張する契約解除について

債権者の提出援用する全証拠によつても債権者が契約解除の一般的な方式に従つて昭和三三年六月二五日の契約に基く債権のうち既に期限の到来した分について債務者に対してその履行を催告した事実も、右催告にかかわらずその履行がないので債務者に対して右履行遅滞を理由として契約解除の意思表示をした事実も認められない。却つて債務者本人訊問の結果によれば債権者は昭和三四年七月上旬頃その振出した約束手形が不渡処分を受けて銀行取引が停止された結果資金難に陥り、本件の鉱山における鉱石の採掘砕石及び船積の請負作業を継続することが困難になり、作業を殆ど停止したので、債務者から債権者に対して右請負契約の解除の意思表示をしたところ、債権者は右解除の効果の発生を争つていたが、同年八月初旬作業を放棄して債権者の従業員である作業の監督責任者も作業現場から引揚げたので債務者は債権者が右解除を承認したものとして右鉱山の機械設備を自ら占有使用して採掘砕石船積の作業を開始し、その後債権者の代表取締役又は債権者の使用人が右作業を自ら実施監督する意図で作業現場に来て滞在していたが債務者は債権者に作業現場を引渡すことを承知しなかつたことを認めることができる。従つて債権者が債務者の契約上の義務の不履行を理由として債務者に対して契約解除したから、右解除の効果としての原状回復により本件仮処分の目的物が債権者の所有に帰した旨の債権者の主張は失当である。

三、本件仮処分の許否について

以上の認定の通り本件仮処分の目的物件は債務者の所有であつて債権者の所有ではないので債権者に右所有権のあることを前提とする債権者の本件仮処分申請はその余の点について判断するまでもなくその失当であること明らかである。

なお債権者は債務者に対して前記機械の売買代金及びその据付工事並びに鉱山作業設備の建造工事代金の未払残額の債権を持つていることは債務者も争わないところであるが(但しその数額については争あり)このような金銭債権の保全のためには仮差押によるべきで仮処分によることはできない。

よつて債権者の申請を却下し民事訴訟法第八九条により訴訟費用は申請人の負担とする。

和歌山地方裁判所御坊支部

裁判官 長瀬清澄

(物件目録省略)

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